伸夫とは?/ モビット
[ 682] 植松伸夫 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8D%E6%9D%BE%E4%BC%B8%E5%A4%AB
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自称、プログレ博士。自身の愛称は、ノビヨ(公式)。ファンからは、親しみを込めてノビヨ師匠と呼ばれる。 ノビヨの命名者は彼の姪っ子で、幼少の頃に自身の事を名前で呼ばせていたようだが幼少なだけに[ノブオ]の[ブ]と[オ]が発音しきれず、[ビ][ヨ]と発音した為との事、それが弟(甥)にうつってしまったそうである。 学生時代の専攻は音楽ではなく、本格的な音楽のトレーニングをしたわけではなかった。このため、ファミコン、スーパーファミコンの楽曲を担当していた頃は、実機とアレンジアルバムを比較して、「自分はDTM上がりなのでキチンとした作法の音楽が書けない」と、自身の連載コラム等で度々語っていた。 高知学芸高等学校を経て、1986年神奈川大学外国語学部卒業。日活ポルノ映画挿入曲やCM音楽制作などを経て、坂口博信に「これから一緒に会社を大きくしないか」と誘われ、学生時代の音楽仲間に「金に魂を売った」と非難されながらも、株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社。 「プレリュード(クリスタルのテーマ)」や、「チョコボのテーマ」をはじめとするファイナルファンタジーシリーズの大半の曲や、スクウェア初期ゲーム作品(ファミコンやPCゲーム)やクロノトリガーの一部の曲など、約30作のゲーム音楽を手掛ける。壮大なクラシック風の曲から、繊細な曲、神秘的で美しい曲、超打奏的な曲、デスメタルまでその作風は多岐にわたる。特にファイナルファンタジーのティナやエアリスなどの女性キャラクターのテーマ曲は美しいと評判である。フラット系の作品では特にセンスが光り、名作も多い。 2001年、フルート奏者瀬尾和紀に提供する曲をいくつか作曲した際、「悲しすぎる」という理由でお蔵入りした曲「ザナルカンドにて」は、ファイナルファンタジーXに際して、製作期日が迫っていて『いい加減、曲を聞かせて下さい。』と言われ、その曲を出した。すると勝手に鳥山求がオープニングの映像にくっつけた所、『これだ!(映像と曲が)ばっちりだ!』と思い、オープニング曲が決定した。偶然、日の目を見た名曲は多くの人から絶大な支持を受け、ヒーリングコンピレーションアルバム「イマージュ アムール」に羽毛田丈史の編曲で収録されている。他にも濱渦正志が編曲をしたものがあるが、依然としてオリジナルが高い評価を受けている。 週刊ファミ通では2年以上に渡ってコラム「植松伸夫のみんなそうなの?」を連載。二冊の単行本が刊行されている。 2002年12月発売の「アンリミテッド:サガ」では、製作総指揮である河津秋敏から直接打診を受けてゲストボイスとして声の出演を果たした。 なお、退社はスクウェア・エニックス側とのトラブルによるものではなく、植松がゲーム以外も含めた、さらなる活躍の場を求めたことによるが、別なインタビューではスクウェアが合併した時に会社が新宿に移転し自宅から遠くなったからとも語っている。ファイナルファンタジーシリーズを始め、スクウェア・エニックスとの関係は今もって変わらない(公式ファンクラブ”ノビヨのしっぽ”の運営、ゲームミュージックの作曲の仕事など)。 初めてスクウェア・エニックスを退社したことが判明したのは、2004年11月1日頃に公式ファンクラブ会員に対して送られた手紙からだが、公式には週刊誌ファミ通での坂口博信との共同インタビュー(聞き手:浜村弘一)および、スクウェア・エニックス内公式サイト「植松伸夫です。」で配信されたTBMTV上での片山理恵子(スクウェア・エニックス FFXI宣伝部員)とのインタビュームービーから、となっている。 プレイオンラインでは、たまに植松のインタビューがメールとして掲載されて送られてくることがあったが、近年では頻度は減っている模様。 FF1でオープニングテーマとして作曲され、後のFFシリーズ内のテーマ曲としてオープニングやエンディングのテーマとして使用されている。 FFシリーズ並びに、チョコボが関係する各作品において、「○○○(3文字が多い)deチョコボ」という曲名で植松伸夫を含む多くのコンポーザーの手によってアレンジされている。 魔界塔士Sa・Gaにて作曲される。Sa・Ga2 秘宝伝説にてアレンジされた。サガシリーズを監督する河津秋敏のお気に入りの曲であり、ロマンシング サ・ガを始めとする後のシリーズでもイントロが加えられアレンジされた。同シリーズにおいて重要な位置を占める曲である。 2006年8月、ドイツのライプツィヒにて本物のパイプオルガンとオーケストラ、混声合唱による演奏が実現した。 FF9で作曲される。オーケストラコンサートの定番曲で、札幌オリンピックのテーマ曲を歌ったトワ・エ・モワの白鳥英美子によって歌われている。 FFシリーズ初のデスメタルでティーダの世界のザナルカンドでのシンの来襲と実質上のラスボスの曲として使用された。 植松ラヂヲ:スクウェア・エニックスのノビヨのしっぽにて放送されていたインターネットラジオ(期間限定で再開、3月末頃を以て終了) 当作品の中に、シンガーソングライター柴田淳についての記述があることが、柴田本人のオフィシャルサイトにおいて紹介された。 |
[ 683] 崎山伸夫のBlog
[引用サイト] http://blog.sakichan.org/ja/
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もうひとつ、楠さんの児童ポルノ禁止法改正についての意見について。まず、「親告罪」というのは、処罰感情への対応になっていないし、そのわりに幅広い範囲を違法化しようという意見なので、スジが悪すぎるように思う。日本の援交ビデオはともかく、世界的にみれば、被害児童は「親告罪」で訴え出ることができない場合が多いだろう。遠い日本に訴えるすべがない場合もあるだろうし、殺されている場合もあるだろう。アメリカで児童ポルノ通報窓口を運営しているNCMECの正式名称が National Center for Missing and Exploited Children であることを思い出そう。「行方不明児童」が親告することなどできない。その一方で、「創作でモデルにすること」にまで広げるのは、児童ポルノの定義として広げすぎだ。実在人物をモデルにすることは、それ自体は非難に値するが、それは「モデルにする行為」を刑法の名誉毀損罪などに問えばいいだけではないのか。リアルでない絵柄、あるいは文章の創作物をみて、それに実在モデルかいるかどうかなど普通は分からないわけで。 「実写をレタッチで創作であるかのように加工することもできる」という問題であれば、以前言及したイギリスで審議中の法案のように「実在児童児童ポルノに由来するもの」を定義に入れるという方向はありうる。これと、「区別できないもの」や「擬似」を定義に入れるかどうかは、独立の問題だと考えられる。「由来するもの」は、「区別できないもの」や「擬似」よりも、むしろ保護法益にマッチするようにも思う。「区別できないもの」や「擬似」を定義に入れるべきかどうかは、思弁的な問題ではなく、「実在児童ではない」抗弁を考慮して立証コストが高すぎる事態に陥っているという立法事実があるかどうかが問題で、もし日本の司法上問題になっていない(被告が争わないとか、運用として立証のハードルが高くないとか)なら、とくに急ぐ理由はないように思われる。 なお、単純所持については、単純所持全体を処罰化するのか、特定の類型に限るのか、そもそも全部反対するのか、大きくわけて3つ、さらに特定の類型といってもそのバリエーションもあるわけだが、私は「全体を処罰化」するのには反対だが、長期的なビジョンとしては、それ以上は絞れていない。ただ、現状は実在児童について「先進国」内においてさえも国際的な定義の不一致問題があるわけで、それがもうちょっとまともに解決されないと、萎縮効果が大きすぎると考えている。また、先に述べた「由来するもの」を違法化する場合には、一目見れば分かるものではない場合、単純所持や単なる複製や配布などを処罰対象とするのは、問題があるように思う。「単なる複製や配布など」でも、情を知って、みたいなセーフガードがあったほうがいいような気がする。 「保護法益と政策目標を明確化して政策評価の枠組みを構築する」、というのには、なるほど、とは思った。モラルパニックを防ぐには持続的な評価や調査は不可欠だろう。ただ、そもそもが因果関係すら微妙な部分も少なくないのだから、そういう部分の基礎的な調査研究の枠組が必要だろう。 「有害コンテンツを廃止して違法コンテンツの範囲拡大を図る」というのは、やや疑問。まず、「有害コンテンツ」という言葉の定義の不確かさから、これはインターネットホットラインセンターでいう「公序良俗に反する情報」だと判断して話をすすめるが、基本的にこの種のものを「コンテンツとして」違法化するのは、表現の自由の観点から問題だと考える。インターネットホットラインセンターの分類は、「児童ポルノ判定を下し切れなかったもの」(これを違法化するという議論は児童ポルノの定義の議論に帰着すべき)を除くと、表現それ自体が問題だというよりは「違法行為を直接的かつ明示的に請負・仲介・誘引等」しているという、表現よりは行動としての面が問題になるので、「コンテンツ」だけで判断できるようなものではなく、極めて文脈依存なのであったりする(現状の「違法情報」でも、このようなものはあるが)。そんなものを一般に違法化しようとするのは無理があるだろう。インターネットホットラインセンターの統計では「公序良俗に反する情報」については大分類しか示されておらず細かい分類との対応が分からないのだが、そもそも一覧に「爆弾の製造法」とかあるのは、センセーショナルな「インタネットは有害だ報道」への対応という気がしなくもなく、実際に意味があるかというと微妙すぎるだろう。いずれにせよ、「明白かつ現在の危険」がありそうな情報については警察が個別の違法行為についての容疑(予備罪なども含む)で動かざるをえないだろうし、そうでもないものはどうでもいいだろう。幇助云々は、構成としては事業者に負わせる義務が重すぎるのではないか。現状、プロバイダ等への違法通報に対する対応義務が存在していない点を改善すれば足りる。 「サイバー犯罪の窓口機関を機能強化して民間事業者の参入を推進する」というが、とりあえずインターネットホットラインセンターは違法情報を含めた民間通報の受付窓口をやっているのだから、前提が少し間違っている。現状のインターネットホットラインセンターも、法律に基づいて設置されたわけではないから第三者参入を妨げるものではないが、どちらかというと窓口の乱立による混乱を防ぐ意識のほうが現状は先にあるのではないかとは思う。ただ、ポータルサイトやISPが総合ワンストップサービスを提供する意義はそれとは独立にあるとは思うが。とりあえず、インターネットホットラインの通報窓口の使いにくさはなんともいえないものがあるので、そういう部分は改善されるだろうし。ただ、違法判定部分について、違法情報の蓄積をしていかないと効率が上がらないだろうから、警察からの情報提供を可能にするという方向と、一定のセキュリティレベルを確保し反社会的な人間が運営に関与しないように縛りをかけるという方向と、両方の意味で法的に担保していくアプローチはあるだろう。出会い系サイト規制法の改正案に、「出会い系サイト」という限定領域での試みがある(天下り先増殖法に見える問題はあるが)。 「違法コンテンツへのアクセスに届出制を導入する」というのは、普通に考えて通信の秘密の侵害でアウト。たとえ情報発信が違法とされる内容でも、その全般へのアクセスや受信を原則違法化するのはダメだろう。「届出の行われた正当な業務目的」という縛りでは、その検閲への自由な検証は確保されえない。児童ポルノの単純所持違法化の議論も現在あるわけだが、仮に児童ポルノへの原則アクセス禁止を正当化できたとしても、それを「違法コンテンツ」全般に拡張するのは、無理があるだろう。 「ネット安全利用技術の評価手法を確立し有効な技術を推奨する」とのことだが、そもそもフィルタリング技術やゾーニング技術の「実現すべき機能や品質検証」の、どの程度までが価値中立なもので、どこから先が価値観に踏み込んだ領域なのか、という問題がある。前者の有効性は否定しないが、楠さんの以前の書き方をみていると、価値観部分に踏み込んでいるように思う。 「本人確認サービスを制度化し年齢属性証明の普及を図る」という部分は、事業者のビジネスを促す部分まではいいが、利用しないことに管理責任を問うというのは、やり過ぎだろう。年齢属性証明のない従来からの一般のコミュニティサイト(普通のブログも含むよ)を、そのままならつぶせといっているようなものだもの。管理責任を問うというのは、現実的な水準での対処ではなくて、大きな萎縮効果をもたらしうるだろうから。仮にSNSのようなユーザーコミュニケーションに重点のあるものをうまく定義づけるとしても、それはどうだろうというか。児童を中心とする若いユーザーが集まるコミュニティサイトに安心できる機能として加えていくという話であれば、それこそゾーニングとして、基準を満たしたサイトですよというラベルがついていればいいという話ではないのか。 全体として、「高めのボール」といっても高すぎるのではないか。そして、高くしようとして高くしたものの、それが効果的に高いというよりは、無駄に高いボールになっているような。 今回の児童ポルノ禁止法改正への動きの中で、なんとも不思議なのは、日本ユニセフ協会自身の発表などの中で、じゃぁいったいどうやって単純所持処罰や「子どもポルノマンガ・アニメ」の禁止がEUと言わずより国際的な枠組の中で基礎づけられうるか、ということが、ぼんやりとしか述べられていないことだ。 ということで調べてみた。まず、直近には、昨年12月に国連総会で "Rights of the child" という決議が採択されている。決議本文と総会議事録がPDFで取得できる(親ページからリンクをたどらないとアクセス拒否されるかもしれない)。このによれば、投票が行われて、賛成183、反対1(U.S.)、棄権0(他欠席がある模様)となっている。審議が行われたのは総会の第三委員会というところで、そこでの総会に上げるための議決では、賛成176、反対1(U.S.)、棄権0(欠席あり)となっている。委員会のプレスリリースによれば、アメリカの反対は、趣旨ごもっともだが親子の権利バランスなどについて国内法と整合性がとれない、要らんことを書きすぎてるのでそういうことになったよ、というものであった。日本は賛成しているが、起訴便宜主義について、決議が法執行を強めることを求めていることに矛盾するものではないよ、という断りのコメントを残している。具体的には、決議で 法定の下限を下回る量刑を下すあらゆる情状酌量を裁判官が行うことを認めなかったりする条文が存在する場合があり、児童ポルノはじめ児童がらみの性犯罪が対象とされる場合があるが、それは日本ではやってないが決議には反しない、ということ)。前に言及した、日本ユニセフ協会要望書の(4)での処罰強化要求は、日本の司法における、こうしたスタンスへの圧力だと考えられる。 決議全体は、児童の権利や、児童に対する暴力全般についてのものでかなり広い内容だが、児童ポルノについては 以下のように、児童ポルノだけではなく、児童買春やその他もろもろについて、そういったことを目的としたインターネットやその他の情報通信技術の利用についても犯罪化を求めているし、「顧客」を罰するように求めている。 この決議が今回、日本ユニセフ協会から紹介されないのは、まぁ、アメリカが反対した決議であり、キャンペーンがアメリカと組んでいるという事情かな、ととりあえず推測しておく。ちなみに、同様の決議は、2006年度の国連総会でもA/RES/61/146として可決されていて(こういうのは年を追って膨れ上がっていくのが相場で、例えば上記に引用した(g)の項目に該当するものは入っていない)、やはりアメリカだけが反対していることが2006年度の決議一覧をみていくと確認できる。もっとも、細かい内容はともかく、決議は毎年やっているようで、とりたてて言うほどのことでもない、という可能性もある。 この調査事業は、Paulo Sergio Pinheiroという人物を独立専門家としてトップに据えて行われたもので、UNICEF本体もサポート団体のひとつとなっている。こういう事業には、多くのNGOが積極的に参加して報告や提案を上げていくものなのだが、ECPATはこの調査事業における、主要なNGOの一つだ。こうした活動を通して、ECPAT/ストップ子ども買春の会が、マンガ・アニメ叩きの方向性で、日本ユニセフ協会が組織として乗っかれるだけの筋を通す働きかけをしたのではないか、と私は踏んでいる(日本ユニセフ協会自体をアレとする向きもあるけれども、一応ユニセフの看板を背負った公益団体としては、組織論理としての筋の通らないことはできないはずだし、広告塔であるアグネス・チャンの個人的意向でこうなっているわけでもないと判断するべきだろう)。 と、この認識を共有しあう形となっている。これを問題とする論調は、サマリーレポートの18ページにもある。このセッション自体は、ECPAT/ストップ子ども買春の会のメンバーはそもそも出席していない。しかし、既に述べたように、直前にECPAT主催のテーマ会合がくっついていて、参加者も重なっている。そこで、ECPAT仕切りの「サイバースペース」テーマの会合がどんなだったか、ということになる。 さて、このECPAT報告書でマンガがどう扱われているかだが、非常に興味深い、というかアレである。32ページに次のように書かれている。 ここで参照されている「萌え」レポートは、浜銀総合研究所 信濃伸一氏による2005年4月1日発表の「少子化などにより伸び悩むなか新しい動きがみられるコンテンツ市場」?2003年のコンテンツ市場における「萌え」関連は888億円というレポートだ。このレポートを、ECPATは、まるでそれが、児童を性的に虐待することから日本が莫大な経済的利益を得ようとしているかのような印象を与えるべく紹介している(印象を与えようとしているだけでそう言っているわけではないが)。ここでの攻撃は「子どもポルノマンガ・アニメ」といった枠ですらなく、「萌え」というコンセプト自体に向けられている。こうした論調が、地域会合での「マンガ」言及につながっている。 このように、ECPAT/ストップ子ども買春の会のマンガ・アニメ叩きが国際的なNGOやユニセフのメンバーからなる対児童暴力防止運動の流れの中で一定の賛同を得て、今回の日本ユニセフ協会のキャンペーンでの「準児童ポルノ」違法化の要望へとつなげた流れが、(宗教保守的なブッシュ政権下のアメリカからの流れとは別に)ある、のだと私は考える。とにもかくにも、彼らは極めて熱心に日本のマンガ・アニメカルチャー、にとどまらず、萌え・オタクといった文化領域に、継続的な攻撃を仕掛けてきていたのだ。 児童ポルノ禁止法改正がらみの話でのエントリが増えたので、専用カテゴリを作って過去の記事で該当しそうなものは入れておきました。どこぞのwikiとかでここにリンクをはっているケースはこちらが従来カテゴリより便利だと思うのでご活用ください。 このところこのブログで話題にし続けている日本ユニセフ協会の「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンだが、その要望が「子どもを守る」ことについて、ベストな方向性を目指しているのか、やや疑問に思うところがあるので、具体的に述べてみたい。要望書では (4)検察・裁判所はじめ全ての法曹・司法関係者に対し、子どもポルノが子どもの人権ならびに福祉に対する重大な侵害行為であるとの基本認識の下、児童買春・児童ポルノ等禁止法事犯に対し厳格に同法を適用し、刑を科すよう求めます。 と述べている。これは一見、ごく当たり前のことを述べているように見える。しかし、実は重大な問題がここにはある。 商業的児童ポルノ販売業者や、児童買春のさいに写真を撮っている人達、子どもを脅したり騙したりして児童ポルノを作成している、あるいは作らせている人達をターゲットとして、こういうことを要求するというのは、それは問題ない。しかし、「児童ポルノ等禁止法事犯に対し厳格に同法を適用」すると、それでは終わらない。 「携帯裏サイト」についてずいぶんと話題となり、そういう場所での18歳未満の児童のあけすけなコミュニケーションにも光が当てられ、それが携帯フィルタリングパニックとなったわけだけれども、そうした中で、携帯電話付属のデジカメで、自身のヌードを自発的に撮影し、掲示板に投稿してしまったり、あるいはメールで交換したり、という児童が、数の問題はともかくとしてそれなりにいることは知れ渡っている。児童ポルノ犯罪の裁判に広くかかわってきたことで知られる奥村徹弁護士のブログでも、「強要する場合もあれば、売買の場合もあれば、自己紹介程度で送ってくることもあるので」といった状況が語られている。「児童買春・児童ポルノ等禁止法事犯に対し厳格に同法を適用し、刑を科す」ということは、そうした児童を児童ポルノ製造罪の正犯としてきっちり刑を科すよう求める、ということにつながる。それは、「子どものため」になるのだろうか? 極めて興味深い話がある。今回の動きには、EUでの動きも関係していることは、規制推進サイドも自ら語るところであったと思う。そのヨーロッパでの動きだ。 そういうドイツの議会で、EUのガイドライン並に規制を強化する法案が、昨年提出された。EUのガイドラインは、「子どもを守る」ためのものだから、児童ポルノの問題だけではなくて、性交同意年齢の引き上げなども含む内容になっていた。これが、10代同士の普通の性関係を大きく阻害するものだ、という強い批判を専門家から浴び、12月に法案が一度撤回された(Spiegel国際版記事、Deutsche Welle記事。ともに英語)。アメリカのピッツバーグの15歳の少女が自分のヌード写真を撮ってチャット上での知り合いに送ったら逮捕された、という事例が、「こうなるのはいかがなものか」という文脈で専門家から紹介されたという。結果、法案は見直されるようだ。 ここで言いたいのは、日本もドイツと同じ形に、ということではない。EU加盟国のドイツですら、(アメリカのピューリタン的な)「モラルの植民地化」に素直に従うことはないよ、というのが、強い声として上がっているということだ。日本は日本の状況を調べ、日本の子どもや、経済的な面も含めた社会全体の利益、そしてもちろん個人の基本的人権といったことについて、よく検討した上で、実際に規制をどのような範囲とするべきか、というのを決めていくべきだ、ということだ。 日本ユニセフ協会が言い出した「準児童ポルノ」問題に、細かく突っ込むのは前回ぐらいで終わりにしておく。いい具合にアクセスとブクマを集めて、彼らが言うほどに「多くの先進国」の足並みが揃っているわけでもなく、個々の憲法や法的伝統という前提条件も異なり、「よその国もそうならうちも」という問題ではない、というネタの入り口を作れたかなというところで。厳密な話をしようとすれば、それぞれの国の法制度と判例をそれなりの専門性を持った人間が分析・比較しなければならない。私がやけに詳しそうにみえたら、それは Google を使った上げ底に過ぎないので念のため。とある専門家からツッコミが入り始めているので以上断っておく。Googleをどう使えばいいかは、梅田望夫さんとか佐々木俊向さんとか勝間和代さんとかがいくらでも本やネット上で書いていると思うのでそういうのを見るといいと思う。 と、それでもあちこちの国の児童ポルノ禁止法制を読み比べつつ、悩んでしまったのは、(実在児童を前提とした)単純所持処罰の問題。この部分について、懸念が上がっているのは承知であり、私自身も単純に考えるところでは、単純所持処罰は、強制捜索と通信の秘密の制限を止めどなく拡大していくという点において反対ではある。すでに単純所持規制のある国では、児童ポルノが重大な犯罪だということから、通信傍受の対象となっている場合もあり、あるいは予備・共謀罪の対象の場合もある。しかし、まず、抽象的な懸念だけで、この動きを食い止められるのか、というのがひとつ。もうひとつ、具体的ケースに落として懸念を述べている人たちも多いのだが、それが防波堤になるかというと、結構微妙だと思わざるをえないという問題がある。「単純所持処罰」は、いわば劇薬なので、例外規定を設けている国も多い。よく見たのは、普通の人には全く関係ないが、一律禁止にしたら警察も困ったらしい、ということで、捜査・司法関係者など(検挙以降裁判終了に至るまでの弁護人も含むようだ)の正当事由による所持やアクセスを許可する改正を後からやった場合があるようだ。また、被害児童のカウンセラーが被害を把握するために、というのもあったと思う。これ以外でも、「個数が一定以下で適切な方法で削除して通報すればいい」とか、「意図してやった場合に限る」とか、いろいろ限定のつけようはあるようだ。また、自分(子ども)自身や、(片方あるいは両方が年齢上該当で)合法的な合意のカップルや夫婦の私的な範囲での所持を許す場合もある。「単純所持を処罰する改正を行う」という動きが揺るがないとなれば、各国法制を参考にいろいろな例外規定を求めるのに意味はあるが、一方で、各国でそのような例外規定を定めてやりくりしているということは、その手のケースにかかるような事例をもとに単純所持処罰に反対する、というのが、どれだけ意味や効果があるか、というのは、疑問を持たざるをえない。また、厳密に憲法上の問題に落とし込んで、というのも専門家がやる価値があるとは思うけれども、通用するかどうかは微妙なものがあると思う。 そんなわけで、あんまり明るい見通しがないのだが、個人的に「イマココ」の問題として、単純所持処罰がどう困る問題になるか、というと、やっぱり単純所持処罰があるとネットに安心してアクセスできなくなるのが困る。あえて非常にぶっちゃけた話をするのだが、英語圏はイギリスのInternet Watch Foundationあたりがものすごい勢いで通報処理をこなしたからか、とりあえず、GoogleとかマイクロソフトLiveとかの検索で、そう簡単に児童ポルノ画像に行き当たることはない。でも、日本語圏は、まだまだ通報機関がそんなに仕事をこなしておらず、警察もかなり強制捜査対象を厳選しているらしく、あまりに容易に検索経由でアクセスできてしまう。Googleやマイクロソフトのサーバーから児童ポルノのサムネイル画像が多数ブラウザーに読み込まれる、という状況がある。過去数十件の通報をしたけれども、処理に数ヶ月かかり、アメリカへの国際通報ですら明らかに放置されていて処理されないケースもあり、そうこうしているうちに、商業的児童ポルノ業者が、法制度がもっと不十分な国へとサーバーを移しつつある。ユニセフ協賛のヤフーサイトで「警察庁は「児童ポルノ画像自動検索システム」を各都道府県警で稼動させている。…02年の運用開始以降、立件されたのは1件しかない。」とか言っているが、警察庁や各地方警察の限られた予算でクローラーをやってどうするんだ。そんなものは、GoogleとかマイクロソフトLiveとか百度とかの画像検索にマッシュアップで乗っかれば、桁違いの数をこなせるはずだと本気で思うのだ。現状の延長で下手にアクセスを含めて単純所持処罰ということになると、道路がウンコだらけでうっかり踏んづけたら逮捕っていう、そういう状況になりそうで困る。せめてもうちょっとまじめに片付けてからにしてほしいね。 前に書いた内容でスウェーデンについてふれなかったが、ざっくり簡単にいうと、スウェーデンは不文憲法の国で、基本法は4つあって、うち2つが言論・表現の自由に関するもの(紙メディア対象の出版自由法と、それ以外のものに適用される言論自由法とに分かれている)。とても長い文章で表現の自由をうたっているから「素晴らしい」と思いきや、この領域ではどちらかといえば「ニュースピーク」だといっていい状況。長い基本法で改正が比較的容易という状況で、いろいろと表現の自由に制約をはめやすくなっている。表現の自由の制約を基本法に全て列挙してあるとも言えるのだが、その分、幅広い。スウェーデンでは公的な映画の事前検閲制度があり、これも言論自由法に基づく。これらの規制に違反した場合の訴追手続きは、結構慎重な手続きが両基本法に定められているのだが、架空のものを含めた児童ポルノについては、そもそも両基本法の適用外にする条項が両基本法の基礎的な部分に書かれている(出版自由法の場合、言論自由法の場合)。さすがに政体法という最も基本となる基本法の基本的人権の他の条項の適用までは吹っ飛ばされないが。児童ポルノの基本法適用除外が実施されたのが1998年。罰則規定は正確なところはよくわからないが、前述の映画検閲機関のサイトに載っている関連条文には、頒布と頒布目的製造しか載っておらず、単純所持はない。別の条文かもしれないが。 こうしたスウェーデンの状況全体をひっぱってきてみれば分かるが、そもそもが表現に関する規制そのものの枠組が全く異なる国の話をもってきて、手本にしろと言われたところで、それは困るのだ。 実のところ、単純所持の問題を置いておくとすれば、アメリカの事例のような「わいせつ」なものであれば、日本での頒布や公然陳列は刑法175条が適用できるから、そもそも法改正は要らない。 今般の「子どもポルノ問題に関する緊急要望書」の件に関連しまして、緊急にお伝えしたいことがありましてご連絡差し上げる次第です。 緊急要望書の求める法規制強化などについて、私個人としては賛成できませんが、要望書の(1)にある「子どもに対する性的虐待を性目的で描写した写真、動画、漫画、アニメーションなどを製造、譲渡、貸与、広告・宣伝する行為に反対します。」という内容について、(3)にあるように自主規制として対応する、ということについては、自由な社会においてそのような取り組みを行う意思を持つものが自主規制するという限りにおいては、とくに反対するところではありません。 堂々と頒布することが許されない違法な児童ポルノタイトルに人がインターネットでたどり着くのには、検索サイトでの検索が有効に働きます。特定の児童ポルノタイトルは、検索に資するキーワードとなります。つまり、児童ポルノのタイトルを明記することは、児童ポルノを「広告・宣伝する行為」になりえるという問題があります。1ページ目のシリーズ名については、あまりにも広く報道され、警察庁の研究会の公開議事録にも記載されるほどなので、このページの内容が必ずしも児童ポルノへのアクセスの増加に実質的な意味で資するとは言い難いかもしれません。しかし、2ページ目のシリーズ名2つは、1ページ目のものに比べれば一般の認知度は低いもののはずです。従って、当該ページの内容が児童ポルノへのアクセスの増加に実質的に資する可能性があります。 問題の記事は、そもそも月刊総合誌で報道されたものの転載ですが、さまざまな問題について扱った紙の雑誌でのタイトル記載と、「子どもポルノ問題」を特集するサイトでのタイトル記載では、インパクトが全く異なるもので、これは重大な問題ではないかと考えます。ユニセフ協会サイトからのバナーの除去、あるいは、ヤフーのサイトでの記事の修正や差し替えを検討したほうがよろしいのではないでしょうか。 なお、本件について、ヤフー株式会社の担当部署への送付もよろしくお願いします。ヤフーのサイトの問い合わせフォームでは、うまく送れませんでした。 追記: 日本ユニセフ協会からは何の返答もなく、ヤフーのサイトにも変化が無かったので、内容を簡略化して、問い合わせフォームで送信不能だった原因と考えられる本文でのURL記載をすべてやめて、あらためてヤフーのサイトの問い合わせフォームで連絡した。 |
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